シャカシャカシャカ、、、
障子の隙間からそっと覗くと、そこには、、、!!
昔話のワンシーンのように、
真夜中のひっそりとした台所で包丁を研ぐ自分がいる。
昼間に飲んだコーヒーのせいでまなこはギンギンにぎらめいているが、
シャカシャカと、静かな一定のリズムに、心はトランスワールドへとはまり込んでゆく。
時折、とぎ汁を水で払い落とし、生々しく光る鋼をなめるように眺めてみる。
固いはずの鋼が、クリームチーズのように柔らかいものに見える。
試しにジャガイモをスライスしてみる。
すうっと力を入れずに包丁を落とすだけて、ジャガイモが鋼に吸い込まれていくと、
ひとりで『フフフ』と悦に浸る瞬間でもある。
枕下のお札を数えては、にんまりとほくそ笑む、へそくりじじぃの心境と共通するものがある。
包丁を研ぐ度に父を思い出す。
父も眠れない夜によく包丁を研いでいた。
父は読書がニガテな人なので、夜の行動パターンとしては、
酔いつぶれるか、もしくは包丁を研ぐか、に限られていた。
『隆太窯には幽霊がいる』というのが霊感の強い人のもっぱらの噂で、スーパー恐がりの私にとっては堪え難い真実だった。
隆太窯での修行中は、雑用が終わった夜だけがろくろの練習時間として与えられていた。
自分とちょうど同じ時期にノグチ君というお弟子さんがいて、いつも彼と競って練習していたけれど、
ノグチ君が体調を崩した時などはひとりでひっそりとした工房で夜業をしなければならなかった。
そんな時に限って、深夜、夜業を終えて心臓をバクバクさせながらうちに戻ってくると、
父が無言で包丁を研いでいた。
おまけに、暗く、細長い廊下でお仕舞の練習をしてる母が、能面をつけて突然ぬっと現れたりした。
これには度肝を抜かれるほど恐ろしい光景だった。
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