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メインで過ごした夏




私はこの夏アメリカ、メイン州で過ごした。なぜメインなのかと言えば、パートナーのPに夏の間だけメインの学校で講師を務めるきっかけができた。それだけの理由である。むしろ日本の暑夏を免れたい、という理由が強かったかもしれない。

メイン州は日本からはあまりにも遠い場所なので日本人の観光客にはあまり知られていないところだが、アメリカ人にとっては(特に北東部の人)にはバーケーションランドという地で高名な場所である。

私はリゾート地での『バケーション』というのがどうもニガテである。

『バケーション』と意気込んで妙に肩に力が入ってしまい、返って気疲れしてしまう。さて、このバケーションランドでいかに休暇をとろうか。ふだんフグの内臓を食べたかのようにピリピリしている私が本当に身も心も休めることができるのか気がかりだった。メインはカリビアンのようなココナッツミルクにひたされたような甘い空気ではなく(行った事もないがたぶんそういう感じがする)ピリっとひきしまったクリーンな感覚がある。

私はそれが気に入った。

ポストカードにあるような典型的なメインといえばロブスター、ヨット、ブルーベリー、moose (鹿と牛を合体させたような大きな動物です。)ライトハウスなどであろう。ホラーマニアであればスティーブンキングなどを思い浮かべるだろうが、メインの日常は基本的にあまり刺激のないところと言った方が早い。

今年のメインは雨に見舞われ寒い日が続いた。これが普通なのかとおもっていたら、どうやら本当はもっとバケーションにふさわしい天気であるべきらしい。

が、しかし、この天気の悪さはさほど私を困らせなかった。私にとって重要な事は何もしない事だったからだ。もし何かをするのであったら普段自分がしないことをやろう、と思っていた。それは毎日運動をする事。そしてビールを飲まない事。毎日10km近くのランニング(もしくはそれに値する運動量)をこなし、ワインとコーヒーは毎日欠かさず飲んだが(えらそうに言う事でもないが)ビールは極力避ける事にした。これだけやればさぞかし引き締まった体に変身するであろうと思っていたが、残念ながら以前とさほど変わっていない。(ま、仕事もストレスもないプー太郎であったのだから無理もないが。)

一日に一回の運動以外は本当に何もしない、ぷらぷらと一ヶ月を過ごした夏であった。普段もの作りをしている自分が何か作りたくてしょうがない!とは正直ひとつも思わなかった。何にもしていなくて心配していない自分が逆に心配だった。メインで私が作ったものと言えばベーグルくらいである。

アメリカには(場所にもよるが)美味しいパンはたくさん手に入る。しかし、雨の日に自転車をこいで5kmも離れたパン屋に行くのがおっくうで、『作ってみるか。時間は腐る程あるのだし。』と思い立って作った唯一の品である。

アメリカでは自分の車がなかったので買い物や外出する時は歩いてか自転車を利用した。これは車社会のアメリカではちょっと無理もあったが考えようでは新鮮でもあった。今すぐ車を飛ばして行かなくてはならない場所も用事もメインには無い。自転車や徒歩での移動では車の運転では味わえない空気、景色が楽しめた。メインはバケーションランドを誇るだけあり、四方に山あり、海ありである。山を自転車で一回りしてみようとえっちらおっちら2時間以上もペダルをこいだ日がある。車を飛ばせば20分とかからない行程なのだろうが、車と自転車での距離のリアリティが違う事をひしひしと感じた。若い頃、アメリカを自転車で横断してみようかしら、などと思った事があったが、とんでもない事を考えていたのだとあらためて自分のあさはかさを感じるのだった。ちょっとした下り坂のありがたさ、ゆっくりとしたスピードで過ぎてゆく景色、延々と続く大地の広さに改めて敬意を払った。

心を揺さぶるような衝撃やアドベンチャーも無い生活だったが、リセットボタンを押すのにはメインはとてもいい環境だったと思える。

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