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テレビの無い家

3月も中旬、空気がずいぶん柔らかくなった。もうすぐワラビが出てくるはずだ。

ワラビとなると毎回思い出すエピソードがある。ちいさいころ、うちにはテレビがなかった。幼稚園や小学生の時、まわりの友達がテレビの話で盛り上がっている時、いっしょに話について行けない自分がやるせなかった。ずっと、テレビがないのはうちにテレビを買うお金がないからだと思っていた。いつも小汚いもんぺ姿をしている父を見てそう確信が持てた。『おとうさん、ワラビをたくさんつんで市場に売りに行こう。そうしてテレビを買おうよ。』(何年かかるかわからないが、地道に積み立てていけばきっとテレビを買うお金くらい出来るはずだ。)そう確信して一途にワラビを摘んだ少女の労力も両親はただ笑って自分たちのために利用した。

テレビには私の愛する人たちがいた。週末になるとテレビを見に叔母やおばあちゃんちに泊まりにいった。そしてテレビの前で釘付けになって何時間もぶっ通しで番組を見た。私のもっとも好きだった番組は『トムソーヤの冒険。』特にハックが大好きだった。トリーハウスに一人で住んでいて、口数は少ないけど自分の世界をきちんともっている彼はなんて素晴らしい人なのだろう、と感銘を受けた。そして、『あばれはっちゃく。』学校から帰ってくるやいなや、ランドセルをぐるんぐるんにまわして、裏庭から『かあちゃん、ただいまっ!』とランドセルを投げ飛ばすさまはかっこ良くてよく真似をした。『ルパン三世』もわくわくしながら見たものだ。私も大きくなったら是非ともルパンチームに入れてもらいたいものだと将来の夢を胸に秘めていた。その為には今から鍛えておかなければ!意味もなく屋根の上から飛び降りたり、坂道をブレーキをかけずに自転車で駆け下りてみたり、私のおてんばぶりに母は気が気でなかった。ルパンに惚れてある日図書館で『怪盗ルパン』の本を手に入れた。最初のページをめくり、とりあえずの登場人物を確かめる。が、しかし!本には峰不二子や石川五エ門がいないではないか!小学3年生にはかなりショックな事実だった。

さて、大人になった今。冒険家にも大泥棒にもなりそこねた今、うちにはテレビを置いてない。別に無くても困らないし、あっても返って邪魔臭いとおもう。今やテレビを見る時間もないし、テレビは私が欲しているものを与えてはくれない。仕事が終わると泥だらけの仕事着のままで散歩をし、ワラビはもう出てるかな?と胸をときめかせている自分が可笑しい。

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