唐房のおばちゃん



もちろん彼女には『フジカワさん』というほんとうの名前があったが誰も本名で呼んではいなかった。この人には『唐房のおばちゃん』という名前がぴったりだった。唐房とは唐津にある土地の名称だが、港町らしい気の荒い人が多い(ような気がする。)彼女もパンチの効いた辛口でよく人から恐れられていたが、私はこの唐房のおばちゃんが大好きだった。タバコをスパスパ吸う60歳を超える顔はシワだらけのコワオモテだったが、いたずらっ子の目は優しく輝いていた。ニヤリとするときに覗かせる金歯もチャーミングだった。マイケルジャクソンが好きでいつも二人で足を高々と上げてマイケルの真似をして遊んでいた。お料理の腕前は文句無しだった。和洋どちらもこよなくこなせた。こども時代を台湾で過ごしたらしく、台湾料理もお手のものだった。

カラスミはこの唐房のおばちゃんが母に伝授したらしい。最近でこそ、田舎でも唐墨をありがたがって食べる時代にもなったが、当時はボラの卵なんて誰も見向きもしなかった。魚屋では平気で捨てていたんだそうだ。

私は唐房のおばちゃんの作る白魚の姿煮が大好きだった。ごま油と紹興酒と生薑だけで蒸した料理はたまらなくおいしかった。繊細な程にも細く切られた白葱の千切りが魚の上にふんわりのっかっていて、その葱とごま油でまろやかになった魚との相性がこれまた絶妙で、こんなにシャレた料理は世界一だと、こども心にも舌鼓をうならせた。

うちには猫が3匹いる。ついこないだまで1匹だったのが最近また2匹増えた。全員うちのそばに捨てられていた猫である。最初に訪れたのは黒猫のビーン。見かけも性格もパンキーな鋭い猫で、気が荒くすぐ何にでも飛びかかる。後の2匹はまだ若いからか気立てがいたって穏やか。特にビーンと比べると天使のように思える。しかし、母が言っていた。『ビーンは唐房のおばちゃんみたいね。一見、気が強いようだけど、実は遠慮深くて気が弱いのよ。』まさしく母の言う通り、ビーンは他の若い連中が餌をたべている間、じっと部屋の隅で遠慮がちに黙って見ており、他がいなくなってからいそいそと食べ残しを食べていた。

『ああ、お前もほんとはいいヤツなんだよね。いつも怒ってゴメンネ。』優しく彼女を抱きしめつつ、いつしか遠い過去の人を思い出していた。


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