チューカー



今まで元気にしていた愛犬チューカーが突然亡くなってちょうど一週間後、シャンパンでチューカーを讃えようとしたその時、空一面が紫、というかオレンジのようなピンク色の雲に覆われた。

5分とも経たない、ほんの一瞬だったが、その時、チューカーが天国へ召されたのだとしか思えなかった。

今まで自分は無宗教者だと思い、むしろ信仰的な決まり事に対し、疑問をもっている人間だとおもっていたのだが、いざ大切な命を失ってみると、とたんに毎日線香を立てて拝んでみたり、チューカーのお墓に花を植えたり、朝のコーヒーを飲みながら土や木々に向かって『チューカー』と声をかけてみたり、こんなにも変貌してしまった自分に驚いている。

チューカーと同じ色で、風に乱された麦畑を通るたびにチューカーが想い出される。家の周りの木々が揺れると風の中にチューカーを感じ、松の木のちかくにカラスがカーカー鳴くとチューカーがそばに来ているのかもしれない気になる。(チューカーはいつもカラスにからかわれていた。)

近頃小さな虫一匹でも殺せなくなった。もしかしたらチューカーの魂が入っているのかもしれないと思われて。

死んだらそこが終わりで、後にも先にも何もない。というドライな考え方はあまりにも辛く寂しく私にはとうてい出来ないと気付かされた。

せめてうそでもいいからどこかでチューカーが私の気持ちを受け取っていると感じていたい。

チューカーを亡くしていろんな事に気付かされた。

今まで空気みたいな存在だったけど、こんなにも大きくぽっかりと心に穴があいてしまい、チューカーが存在するだけでいかに自分が支えられていたことを感じている。

今、存在するのが当たり前だとおもっているものが、突然に目の前から消え去っていくことだってあるのだ。だからこそ、存在する全ての愛に敬意を払わないといけない。忙しいからといって、愛は後回しにはできない。

苦しみや悲しさの感情を押さえて自分をしっかり持つのが強く立派な生き方だと勘違いしていた。だけど人はどんなに強くても独りでは生きてはいけない。

泣きたい時には泣き、悲しいときは悲しいと感じ、人間は自分の感情に素直になれることが生きる上での大切なエネルギーなのかもしれない。

チューカーと出会ったのは11年と7ヶ月前。長年のアメリカ生活から帰って来て実家での修行期間は辛く、戸惑い、心の友が欲しくてなけなしの大金をはたいて飼い始めた。チューカーはアメリカ帰りの私にへんな色眼鏡で私をジャッジすることなく、常に私の味方をしてくれた。修業期間が終わり、チューカーを母に預けて再びアメリカに渡り、その後6年間、私が帰って来るまでじっと我慢強く待っていてくれた。私が唐津で独立して軌道に乗る迄じっと見守って支えてくれた。ビーチと私の車がなによりも好きな犬だった。子猫たちが現れたときも嫉妬を感じていただろうが、意地悪することもなくかわいがってくれた。気だての優しい、誰からも好かれた犬だった。これからの生活を安心してゆっくり一緒に過ごそうね。という私の気持ちとは裏腹にあっけなく逝ってしまった。

頭では彼の死を理解しようとしても、正直、体が言う事を聞いてくれない。

ガタガタと音を立てながら崩れているような気がする。ペットを亡くした経験者が言うようにチューカーを失った悲しみや辛さを拭うには時間がかかるのだと思う。今まで無理をしていた分,泣け、休め、とチューカーが言っているのかもしれない。

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